ウルグアイ在住者が語る「ホセ・ムヒカ」世界一貧しい大統領、引退へ。ウルグアイニュース

ウルグアイニュース

みなさんこんにちは、ヨコロジーのヨーコです。
今日は私の住むウルグアイについてのニュースです。

日本でも「世界一貧しい大統領」として知られる、ホセ・ムヒカ元大統領が政治家人生に終止符を打ちました。

リオ会議でのスピーチで多くの人を虜にし、日本では彼に関する本がいくつも出版されました。
ネクタイ締めない、サンダル履いて会議に出席しちゃう、など型破りなところもあるムヒカですが、日本では「理想のリーダー」としてのイメージが強いのではないでしょうか。

しかしウルグアイでのムヒカの評判はそれとは大きく異なるものでした。

それではホセ・ムヒカ引退の理由とウルグアイでの評判、本当に貧しいのか、ムヒカの真実に迫ります!

ウルグアイの元大統領・ムヒカ

ムヒカは第40代ウルグアイ大統領として2010年3月~2015年2月まで政治活動に従事しました。
大統領を退いた後も2020年10月20日の今日まで上院議員としてウルグアイの政治の中心に君臨し、
彼の所属する政党「MPP(拡大戦線)」の“顔”というべき、大きな存在でした。

愛称「ぺぺ」

ムヒカのニックネームは「ペペ」です。
彼に限ったことではなく、“ホセ”と名のつく人は“ペペ”と呼ばれるスペイン由来の文化だそうです。
そのため、ウルグアイでは「ペペ」や「ぺぺ・ムヒカ」と呼ばれています。

ウルグアイは政治家と国民の距離が近いのが特徴です。現大統領が地方視察などで国民と一緒に写真を撮る“自撮対応”をしているのをよく見ます。

ムヒカの妻は元副大統領

ムヒカの妻、ルシア・トポランスキーも政治家です。
上院議員としてムヒカと同じ政党に属し、2017年9月~2020年3月まで17代Vice President(副大統領)として大統領不在時には指揮をとる存在でした。
ファーストレディーと副大統領の経歴をもつなんて、スーパーウーマンですね。

ムヒカの功績

ムヒカはウルグアイ国民の自由のために法律を変えまくりました。

大麻合法化

2012年6月、南米で初めての合法化に踏み切りました。
年間約4千万ドルともいわれる事業を密売人から奪い、虐待者などの治療目的としても使用できるようになりました。指定薬局で予約購入が可能で、販売しなければ家で栽培もOK。
国が全ての消費者とその使用量(購入量)を把握し、一定量以上は購入できないしくみになっているようです。
(信じられない!という声が聞こえてきそうですが)大麻入りのマテ茶もスーパーで並んでいます。

同性婚合法化

ムヒカ率いるウルグアイ政府は同性同士の結婚を法律上認める決定をしました。
ウルグアイのLGBTプライドパレードは南米一の規模を誇るとも言われています。
“個人の自由”をなによりも大切にする国、ウルグアイに合った法律改正だと思います。
足立区某議員の“発言”は時代遅れもいいところ、でしょう。

人口妊娠中絶の合法化

母体を守る為の法律として、人口妊娠中絶を合法にしました。
日本ではかなり前から合法になっていますが、南米ではウルグアイとキューバのみが合法になっていて、お隣アルゼンチンでは針金ハンガーを使った闇中絶も行われ、それによって死亡するケースもあるそうです。

ムヒカは元ゲリラ

ムヒカの人生は波乱に満ちたものと言えるでしょう。

ムヒカは貧しい家庭に産まれ、動物の世話や花を育てて家庭を助けていました。
しかし1960年代中頃に極左都市ゲリラ組織ツパマロスに加入し、数々の襲撃や誘拐に関わりました。
ムヒカ率いるグループは電話交換機の仕事を唯一ミスなく終えるなど優秀だったようです。
1970年、バーで逮捕されますが、その際2人の警官を負傷させ、見返りに6発の銃弾を受けました。彼は病院に運ばれ一命をとりとめます。「手術を担当した外科医が隠れツパマロスであったため、彼は生き延びることができた」とツパマロスが言っています。本当のとこはただ医療倫理に従っただけのようです。
ムヒカは4回逮捕され、驚きの方法で2回の脱獄に成功しています。

ムヒカは刑務所内から穴を掘ってトンネルを作り100人以上のツパマロスたちと共に脱獄、トンネルはなんと近所の家の居間に通じました。
参考:José Mujica
 
当時収監されていた刑務所は現在素敵なショッピングモールになっています。

合計13年近く獄中生活を経験し、軍事政権側の“人質”として監禁されたり、古い井戸の底のようなところに2年間閉じ込められることもありました。

それについての映画“A twelve-year night”はネットフリックスで観られるのですが、日本では配信されていないようです。更新される可能性もあるので確認を!
 
ちなみに、妻ルシアも同じくゲリラメンバーでした。ほかにもムヒカと同じように拘束されていて後に議員になったメンバーがいます。
 

ムヒカは本当に世界一貧しい大統領なのか

ムヒカは自分の大統領としての収入を寄付し約10万円で暮らしていたと言われています。

ちなみにウルグアイで10万円は国民の平均収入より多く、ウルグアイは物価が高いものの、10万円あって家があれば普通の暮らしはできます。詳しくは➡ウルグアイ物価・生活費・収入
貯金はあまりしない国民性のようなので。

ウルグアイ人曰く……

彼が官邸に住まずに田舎暮らしにこだわったのは「彼が官邸に住みたくなかっただけ」

更に「妻のルシアが金持ちの家だから彼は働かなくったって平気なんだよ。」とまで。

大統領が給料を寄付するのは、彼に限ったことではないので、超すごーい!ことでもないのかもしれませんが、大統領になっても全く価値観や生活スタイルを変えないのはさすがです。

大統領の割に10万の生活費は確かに低いと思います。しかしムヒカは彼の言う通り、質素な暮らしの中でお金よりも大切なもので満たされているということなんでしょう。

ムヒカ名言:「貧乏とは欲が多すぎて満足できない人のことです」

という本人の言葉を借りるなら、彼は貧しくはないと言えるでしょう。

ムヒカはニコニコおじさんではない?

ブラジルのリオ会議でのスピーチ映像が日本では有名ですね。
私のムヒカのイメージはまさにそれで作られました。
「ニコニコしててぽちゃとしてて可愛いおじさん」「幸せを大切にする優しいおじさん」
でも、ウルグアイのニュースで見るムヒカは……

あれ?なんか機嫌わるい?

全然にこにこしてないし、ぶっきらぼうな感じ。。。議会後だから?

ウルグアイ人曰く「彼はいつもそう」だそうです。

でも彼がゲリラ活動をしてまでも改革を推し進めた人物である。ということを考えれば、いつもいつもニコニコという訳にはいかないでしょう。奥に秘めた強さや鋭さが人一倍あるのではないでしょうか。

ムヒカ名言:「政治とは全ての人の幸福を求める闘いなのです」

しかしドキュメンタリーなどで自宅で取材を受けるときなんかは、不機嫌さは感じられず、のんびりしたおじいちゃん!という感じです。
緑が豊かな庭で、マテ茶を飲みながら犬とのんびりする、気どることのない姿は「大統領」というイメージからはかけ離れているかもしれません。

 

ウルグアイ人から見たムヒカ

ウルグアイに来た当初、1年ちょっと前ですが、私のもつムヒカのイメージと日本での評判をウルグアイ人に話すと、否定されることが多くありました。
私を含む多くの日本人は彼が言ったことやその質素さに感銘を受けたわけですが、

一部のウルグアイ人に言わせると

  • 口が上手い
  • 人殺し
  • 犯罪者
  • 嘘つき

え!?そこまで言う!?
私はゲリラだったことも詳しく知らなかったのでかなり驚きました。
もちろん、彼の政党を支援しているウルグアイ人もいるので【一部のウルグアイ人の意見】として受け取ってください。

でも国民の直接票を受けてゲリラから大統領にまでなったからには、当時は相当な期待をされていたのだと思うのです。しかし、詳しくはわかりませんが「結局はお金を渡した」という理由で、現在ではこのような評価をする人も多くなっているようです。
それでも、今日までは政党の顔として、ポスターやニュースには度々登場し、注目される存在でした。

私にとっては彼はやっぱり特別なのか、テレビで彼を見ると「お!」となる存在で、そのたびに周りから「君のアミーゴ(友達)だね!」とからかわれました。

政界引退の理由はコロナ

昨日テレビを見ていてこのムヒカ引退のニュースを目にしました。
私のスペイン語力では何を言っているのか分からなかったのですが、ウルグアイ人に聞いたところ

「コロナを理由に」だそうです。

ほんとに!?と聞き返すと、「うん、ムヒカ本人がそう言った」ということです。

詳しくは、85歳で高齢であること、持病の関係でワクチン接種ができないこと、からコロナに感染へのリスクを考えての決断のようです。

※本人が感染しているわけではありません

もしかしたら他の理由もあるのかもしれませんが、もうゆっくりと家の庭で過ごしたいのかもしれませんね。

まとめ

ホセ・ムヒカ、愛称ぺぺの突然の引退には驚きました。
彼のウルグアイでの評判はさておき、ムヒカはウルグアイの改革者であることは間違いないと思います。彼が人生をかけて手段を択ばずに自由のために闘ってきたこと、監禁生活を乗り越えてもなお、その強い信念を持ち続け政治家として国の先頭にたったことは並大抵のことではないと思います。

リオのスピーチがなぜあそこまで日本で取り上げられ、感動を与えたのか。
それはムヒカの言葉は現代の日本人に欠けているものであったからでしょう。
壮絶な人生を送った彼の言葉であったからこそ、強く響いたのではないでしょうか。

これからテレビで観られなくるのかと思うと少し寂しいですが、これからも何かしらの活動をされることを期待して、注目していきましょう。

 

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